
まるで、槍の一突きを胸に受け、
その槍が刺さったまま白骨化したかのような脱皮殻です。
黒い槍は本人の腕。
脱皮の時に、抜け切れなかったようで、
やむを得ず付け根から自切し、放棄した様です。
テナガエビの腕の脱皮は、古い殻が竹が裂けるかのように割れています。
右のほうは裂けていません。
その裂けない部分から先が抜けなかった様です。
その後の当人は至って元気。
餌もよく食べ、メスとの交接にも励んでいます。
参照⇒【汽水産と淡水産と思われるテナガエビの交配実験】

片腕は無くとも、仲良く一緒に産卵まで終えました。
この交配実験の時で、脱皮五日目。

小さな再生芽が芽生えています。
この再生芽は、その後2倍程度になって、
関節で下へ一回曲がるようには成っていました。
しかし、1.5cm〜2cmといった程度。
小さくて、透明で、細いものでした。
つまり、あまりにも小さい再生肢の原型がちょこんと出ている程度でした。

ある日、水槽を見ると、見慣れないエビが居ます。
前日までは少々バランスに欠けた格好悪い印象を持っていた水槽に、
随分と立派なエビが威張ったように立っています。

一匹飼いですから、当の本人である事は間違いありません。
水槽の隅には、当然の如く、彼の抜け殻が転がっていました。
脱皮で突然の変身です。
たった一回の脱皮で、ここまで大きく再生したのは初めてです。
ロックシュリンプやヒラテテナガエビでも結構驚きましたが、
これは、それ以上の再生量でしょう。
こうやって片腕だけを見たら、特に違和感がありません。
雌エビであれば、これはもう普通の大きさのハサミです。
この写真の一番下に、彼の抜け殻の腕の基部が写っています。

基部を拡大したのがこれです。
ロックシュリンプ同様、やはり、脱ぐ時に裏返って捲れ上がるのでしょう。
その外側には再生肢の薄い皮は見えませんでした。
しかし、この全く腕らしいものが無い部分から、
あれだけ大きな腕が再生するものなのかと、
この傷口を見ると驚きを禁じ得ません。

これだけ大きな腕が、あの小さな再生芽の中に、
どのようにぎゅうぎゅう詰めになっていたのかが非常に不思議です。
写真はないですが、本当に取るに足らない大きさの、小さく、か細い再生芽でした。
上記の五日目の再生芽であの程度ですから、
その十一日後の脱皮時でも、大きさは、そのせいぜい2倍程度で、
この写真のような普通に見える腕の大きさとは掛け離れたものでした。
殻が水を含むと急速に伸びるのでしょうか?
しかし、中の筋肉組織は、そう簡単に質量を上げていくとも思えません。
まるで巧妙な最近のマジックを見せられている様です。

「どうだい?」と云わんばかりのポーズで、
新しい腕を見せびらかしてくれています。
前回の脱皮で腕を落とし、今回の脱皮で再生するまで、
たったの16日です。
脱皮周期の中間で腕を落とした訳ではないので、
再生できる期間で云えば最長になりますが、
それでも僅か16日でここまで育つとは、「御見事!」な再生能力です。
この強い再生力。
腕が無いと、ライバルとの争いに負けますから、
雌の獲得率は下がります。
より高い再生能力を持った個体が、子孫を残す確率が高い。
この繰り返しで淘汰が進んで、このような高い再生能力を持った個体が、
現在、目の前に存在している、という事だと思います。
この再生力の高さは、それだけ、川の中での戦いが激しいという事を物語っているのでしょう。
動物番組などでは、いまだに「種を残す本能」などという言葉が登場してびっくりする事があります。
個人的には、種を残したいなどと思って闘争している生き物の雄など、一度も見た事がありません。
よく「種として強い子孫を残す為に雄同士は戦う」などと、いまだに語られますが、
ただ単純にライバルを倒すためであって、「種が強くなる為」ではないでしょう。
どう考えても、生き物は「種類」などという単位を考えて生きていません。
己のみでしょう。
己の遺伝子がいかに高い確率で残るか、ただそれだけです。
自分の子孫を残して来た先祖の行動が、
そのまま、自分を誕生させたにすぎないでしょう。
自分を誕生させたその行動に従って、本人もその行動をしている。
それも特に考えてはいなく、自然に残り易い確率で残ってきた、あるいは殖えてきた、ということです。
「種類」を残したいのであれば、新種が生まれてはいけませんから、その時点で簡単に論は崩れます。
個性や個体変異がたまたま新しい環境に合うと簡単に「種」という枠は消えます。
ヌカエビが水系ごとに亜種くらいの違いがあったり、
スジエビにも淡水型や汽水型があったり、各地で卵の大きさが違ったり、
このテナガエビにも淡水型や汽水型があるのも、種なんて考えていないからこそ成り立ちます。
他にも、より強い「種類」を残す為なら、自分より良い浮気相手との浮気は歓迎されますか?という話です。
「私より遺伝子が良さそうですね。どうぞどうぞ」とは誰もしません。
生き物は自分の遺伝子が残り難くなる行動には敏感に反応します。
他の雄の交尾を歓迎している雄など見た事がありません。
特にテナガエビの場合、
「今は、たまたま腕が取れているだけで、遺伝子は良いんだぞ!」と威張った所で、
誰も雌を譲ってはくれません。
種としてより良い遺伝子かどうかはどうでもよい事になります。
たとえば、免疫力の強さなどで、明らかに種としては優れているオスが居たとしても、
両腕が取れていればそれまでです。己同士の中では最弱です。
今回見た驚くべき再生力。
如何に長い腕を持つかという、本人も知らない遺伝子の競争に、
如何に早い再生力を持つかという競争も、しっかり裏で続けられて来ているという印象です。
(「確率の結果」が競争しているように見えるだけですが)
片腕のテナガエビは、川でも結構よく見掛けるものですが、
こんなに早く再生しますから、
がっかりせずに飼ってみると、案外早く格好の良い雄に成ってくれるのかもしれません。
エビには「再生脱皮」というものがあるようです。
ヌマエビ類を飼っていても、あまり感じない、
手脚を再生するためだけの脱皮です。
産卵期の雌は、二週間強で産卵の為の脱皮を繰り返しますが、
雄の場合では、これではやや周期が早い気がします。
通常の雄の生理的な脱皮や、成長の脱皮の周期を測ったことはありませんが、
大型の雄のわずか16日での脱皮は、
正に“再生脱皮”なのではないかという気がします。
腕を失った事によって、なんらかの物質が体内に放出されて、
脱皮周期を早めるような働きをしているのかもしれません。
この再生脱皮は、テナガエビ類のオスでは、かなり大事な脱皮なのではないかと感じます。
如何に早く大きな腕を再生するかが重要ですから、
早い再生能力で、早く大きな腕を作り上げると共に、
脱皮周期を短くして、どんどん現物を大きくしていくという両輪を回す必要があります。
その周期の短縮度と再生量は共に高い事がより有効です。
同じくオス同士が長い腕で争うロックシュリンプの場合は、
普通に2ヶ月を要する脱皮で、ゆっくり再生していきます。
このロックシュリンプの周期では、再生脱皮は感じません。
テナガエビとは随分と違います。
それほどの危急感はないのはナゼなのかは解かりません。(長生きだから暢気なのかも?)
※ちなみに、この雄の腕を再生した成分も「キョーリンのザリガニの餌」由来の成分オンリーです。
しかし、マテナガの大型個体やヒラテテナガには人気ですが、
淡水産の雌テナガや若い個体には人気が今一つです。
汽水産の雌や若エビには大人気だったので、
地域差によって、食の嗜好性も若干違うのかもしれません。
汽水域のほうが餌の種類は豊富なので、
いろんなものを食べることに慣れているのかもしれません。
(淡水のほうが餌は乏しいと思うので、がっついても良さそうにも思えますが。謎)
2008/09/19 岩